一人の男優が、主役として抜擢され、ブロードウェイの舞台に立つことになった。
初演の幕が開き、彼は満員の聴衆が見守る中、演技を重ねた。
そのうち彼は、聴衆の中に鋭い視線を感じた。
一分のスキもないその眼光は、彼の一挙一動を見逃さず、厳しく彼の演技を追い続けた。
男優は演技を続けながらその視線の方向をちらりと何度か確認し、「これは名のある舞台批評家が彼の記念すべき主演デビューの演技の出来を見守っているに違いない」と、確信した。
彼は覚悟を決めた。
そして、観客席のその鋭い視線の主に意識を集中させた。
彼は持てるすべてを出し、初の主演の舞台で熱演を続けた。
やがて芝居は終わった。
劇場は喝さいに包まれ、拍手と歓声に沸いた。
力を出し切った男優は、ふらふらになりながらも、カーテンコールにこたえ、再びステージに登場した。
彼は、明るく照らされた劇場の観客席に向ってお辞儀をしながら、彼の演技のすべてを振り向けたあの鋭い視線の主に、そーっと目を向けた。
そこにいたのは、盲導犬だった。